つめかえる

シャンプーを詰め替える
その瞬間は何もかもが無になる
時が止まる、音が無くなる
そして生きているうちで一番たくさんのことを一度に思い巡らす時間である

失恋してから1年たった
じわりじわりと傷口は小さくなっているのは感じるけど、たしかに傷口はそこにある

自分の弱さから、わざわざ傷口に塩をぶっ込むようなことも何度となくしてみたり
そしてようやくなんだかそんなことするのも疲れてきたなという今日この頃

珍しく元恋人がSNSのストーリーを投稿していた
以前だったら迷いに迷った挙句に、タップ
薄っすらと目を開けて心臓をばくばくいわせながら見てただろうな
でも昨日の私はそうしなかった
ストーリーが閲覧できなくなる時効がくるのを待って待って待ち続けた、勝手な妄想をしつつ、吐き気やば、とか思いながら
日付を見て思い出す、彼は誕生日を迎えていた
ここで心底思った、ストーリーみなくてよかったほんとによかった見てしまう前に気づいてよかった
逆に言えばあんなに好きだった人の誕生日、今の今まで忘れてたのか


「アハハ」


薄情者はどっちだ?
なんてつまんないこと考えながらケラケラと乾いた笑い声をあげてスマホをベッドに埋めた

めんどくさ、全部。風呂はいるのもめんどくさ

重い足取りで風呂釜に栓をして給湯ボタンを押す
そういえばシャンプーがもう無い
詰め替えは、あったはず
絶えず流れ、ゴボゴボと叩きつける水音を背に受けながらシャンプーを詰め替える
最初の一滴がシャンプーの容器に流れ始めた瞬間、時が止まる、音が無くなる
永遠みたいな時間が始まる

突然思い出したのは別れ話をした日のとある会話

 

無人島とか行ったね、フェリーのって」

 

彼が懐かしそうに、綺麗なガラス玉をお日様に透かして眩しそうに目を細めるように、
とっても美しく温かい記憶みたいに、優しい声音で言ったこの言葉が、その時のわたしには、箱に詰めてぐるぐるに鎖を巻いて鍵をかけて地中深くに埋めてその上に墓石立てたくらいの最悪な記憶だったことをコンマ1秒で思い出させた

でも私はにこやかに、口を滑らせはじめた

そうだね、行ったね、懐かしいね
私の誕生日でとっても天気よくて、海が綺麗だったね、無人島、一通りみちゃったら、なんもなくて帰りのフェリーくるまでちょっと暇したよね
私、乗ったフェリーのチケット、まだとってあるよ
ほんとに懐かしいね
すごく、楽しみにしてたんだ

そっちのほうに2人で出かけるのは初めてだったし、2人とも行ったことない場所だったし
何をしようか考えるのも、何食べようか考えるのも、すごいワクワクしててさ
同じ電車にこの駅で合流できるね、って決めて、でもスマホで検索しても行きたい場所が決まらなくて、旅本、私、早く出て本屋に寄って買っていくから長い電車の中で一緒に見ようね、ってメッセージ送って寝て
で、次の日少し早く起きてちゃんと本屋で旅本を買って、合流するまでの電車の中でも目を通してね、ひとりなのに、なにするかも決めてないのにワクワクしてテンション上がっちゃってね
合流した駅で君にその本差し出して、一緒に見て、ここはどう?ここも行ってみたいな、これ食べたいね、とか話すと思ってた
でも、本、手渡したら君、パラパラーっと一気にめくって、全然ちゃんと中見てくれなくて、はいっ、てすぐ私に返してきたよね
私、え?って顔して君を見て、君はスマホを見てポケモン集めてて
私は本をひろげて、これはどうかな?って声をかけたけど君は、行き当たりばったりでいいじゃん、そのほうが面白いって言ったんだ
そっか、そうだよね、君が言うならそうなんだろう、君は楽しいの天才だもの
だから本はカバンの底にしまった、この長い電車の中で君と話したかったことも胸の奥に無理矢理押し込めた
でも到着したら行き当たりばったり、あんまり上手くいかなかったよね、喧嘩しそうになったり、食べたいなと思ってた名物も諦めてファストフードを食べたりさ
でも君とだから全部いい思い出になると思ってた、しかも私の誕生日だもん、いい思い出にしたかったから、今日起こるイレギュラーも楽しまなきゃと思ってた
それで、最後に行ったのが無人島だったね
暑さと疲れもあったのかもしれないけど、明らかに笑顔の少ない君が心配で、何度も「今日ちゃんと楽しい?」ってきいちゃって
変な奴だったよね
頷く君は相変わらずスマホを見てたけど
そしたら全部全部悲しくなって、虚しくなって、なんか、泣きそうだったなぁ

 

そこまで言って我にかえる
本当に最初はちゃんと2人の良い思い出話として話してるつもりだったのに
辛かったとか悲しかったとか別れる間際に暴露してやろうとかいうつもりでもなかったのに
めちゃくちゃヤバイこと言っちゃったな、
と焦ってももう遅いから

ちょっとだけね、辛かった誕生日、だったかも…(笑)なんて思ったりしてね(笑)
まあ今となってはだけど!

 

全然フォローできてないけど、笑って誤魔化そうとするしかなかった
その時は2人寝床に入って電気は消して、彼は私に背を向けていたから、彼がどんな顔していたかは分からなかったけど、そんなこと考えなくてもどんな顔していたかなんて分かる

別れることの苦しさ悲しさ愛しさだってまだここにあるのに

どうしてこんな相手を思いやれない素直さを絡めてしまったんだろう

愛と憎しみは最高のカップルだからかな

これが君と過ごした3年間で学んだ事かもしれないや

それからはもう考えるのをやめて目を閉じた

おやすみ、きっと、最後の。

 

 

 

 

そんな日があった
そんな夜があった
そんな時間があった

 

 

 

詰め替え用のシャンプーをぎゅっと力を込めて握る
一気に出力が強まって、容器がみるみるうちに満たされていく
握られた箇所を通れなくなった液体が滞り、時折ブシュッと空撃ちが起こる
手の力を緩めると、空気を吸い込みまた流れが再開する

ゆるゆるとすすむ流れに苛立つ

はやくこの永遠を終わらせる


ようやくうすっぺらくなった詰め替え容器を乱暴に、ゴミ箱に投げ捨てた
つまらないモンは、そんなモンは、ゴミ箱にポイだ
水曜日だっけか、次の燃えるゴミの日は